【絵画】ヤン・ゴッサート(ヤン・ホッサールト)『東方三博士の礼拝』 Jan Gossart

2020-12-17

(はじめに)

  1. Jan Gossart は英語では「ヤン・ゴッサート」と発音しますが、日本ではフランドル風に「ヤン・ホッサールト」と称されることのほうが多いようです。当サイトでは、英語読みの名称で統一しています。
  2. この絵画のタイトルである『The Adoration』は、イエス・キリストが生まれたときに東方の三賢人(3人のマギ)が星に導かれてイエス・キリストに礼拝したという聖書の逸話を意味しています。日本語訳は「マギの礼拝」、「三王礼拝」、「三賢人の礼拝」、「東方三博士の礼拝」等とされていますが、当サイトでは「東方三博士の礼拝」に統一しています。
  3. こちらの内容は、ロンドンのナショナル・ギャラリーで開催されている学芸員による無料ガイドや、ナショナル・ギャラリーが開催しているレクチャーなどで聴いた内容を中心に、関連する内容をまとめました。無断転載は禁止とさせていただきますが、転載を希望される方はコメント欄からご連絡ください。

 

ロンドン ナショナル・ギャラリー所蔵 ヤン・ゴッサート『東方三博士の礼拝』

イタリア絵画の影響

ヤン・ゴッサート(Jan Gossart、1478年頃 – 1532年)はフランドル(現在のベルギー)生まれのドイツ人画家です。

ゴッサートは1508年に、ブルゴーニュ公爵(Duke of Burgundy)フィリップ善良公(Philip the Good)の庶子であったフィリップ(Philip of Burgundy) とともにローマを訪れてイタリアの絵画に触れました。そして、フランドルにイタリア風の絵画をもたらした最初の画家となりました。

ちなみに、ブルゴーニュ家には「Philip of Burgundy」と呼ばれる人物が複数いますが、ゴッサートとともにイタリアへ行ったフィリップは、1517年から1524年までユトレヒトの司教を務めた人物です。

もとは騎士だったフィリップは提督の地位にまで登りましたが、1498年に神聖ローマ帝国皇帝チャールズ5世によってユトレヒトの司教に任命されました。宗教の世界で政治的に立ち回ることは苦手のようでしたが、ゴッサートやエラスムスなどのパトロンとして活動していたことで有名な人物です。

Philip of Burgundy、Jacques Le Boucq 作

ヤン・ゴッサート 『東方三博士の礼拝』 の見どころ

ロンドンのナショナルギャラリーに所蔵されている『東方三博士の礼拝』は、ゴッサートがイタリアから帰国した直後と思われる1510年から約5年ほどかけて作成されました。

6枚のパネルをつなぎ合わせたオーク製の板(オーク板のサイズは179.8 cm x 163.2 cm、絵画のサイズは177.2 x 161.8 cm)に描かれた油絵で、煌びやかな衣装や色彩など、イタリアの影響が随所に見て取れます。

 

絵画の中央にはキリストを膝に乗せた聖母マリア、その左後ろには夫であるジョゼフ(赤い服)が描かれています。

 

キリストの前に跪いているのは東方三博士の一人、キャスパー(Caspar)で、黄金のコインが入った盃を捧げています。

豪華な毛皮付をあしらった外套を纏っているキャスパーのモデルとなった人物は、この祭壇画のパトロンであったダニエル・ヴァン・ブックハルト(Daniel van Beochout)だと考えられています。

 

画面の左側を大きく占めている人物は、同じく東方三博士の一人であるバルタザール(Balthasar)です。諸説あるものの、インドから来たとされている黒人のバルタザールは、没薬の入った香炉を手にしています。

『東方三博士の礼拝』は多くの画家がモチーフにしていますが、16世紀当時に描かれた『東方三博士の礼拝』の多くは、骨格的に白人である自分の肌を黒くしただけのバルタザールが多いそうです。

しかし、生理学者が見てもゴッサートが描いたバルタザールは正しく黒人として描かれているそうで、ゴッサートは「黒人を黒人として描いた最初の西洋画家のひとり」とも言われています。

 

また、ゴッサートの頭上を飾る金細工の立派な頭飾りと、彼の後ろに控える同じく黒人の従者の首飾りには作者であるゴッサートの名が記されています。

 

そして、画面の左上にはカラフルな羽をもつ天使が描かれています。

この天使はわずかに膝を折って斜め前に傾いており、地上でこのような姿勢を保つことは不可能なことから、この天使が空中に浮かんでいることを上手に表現しています。

そして、この天使は右下に描かれている白い犬と対角線をなしているのですが……

 

面白いことに、この犬はアルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer、1471年 – 1528年)の『聖ユースタス(Saint Eustace)』というエッチングにが描かれている犬にソックリで、デューラーの犬を模写したものだと言われています。

左側がゴッサートの描いた犬、右側がデューラーのエッチングです。デューラーの描いた右端の犬と比べると、尻尾の位置以外はゴッサートの描いたものと瓜二つですね。

  

 

実際のところ、ゴッサートとデューラーの画風は似たところがあるそうで、オランダのミデルブルク(Middelburg)教会の祭壇に飾られていた『十字架降架』(火災で焼失)がデューラーの作品だと考えられていたものの、後世になってゴッサートの手によるものだと分かったという逸話もあるくらいです。

 

画面の下部にはタイルが敷き詰められた空間が描かれており、あたかも画面に描かれている人物たちの前に足を踏み入れることができそうに感じることから、見る者は自然と「キリスト生誕」というシーンに引き込まれます。

また、画面中央に配置された聖母マリアの頭部を消失点とした遠近法を採用しており、敷き詰められているタイルは絵画に奥行きを与えるとともに、人物の配置を明確に表して画面に安定感をもたらしています。

たとえば、バルタザールは手前から5 – 6枚目のタイルの上に立ち、聖母マリアとキャスパーは9枚目のタイル、メルキオ(右側にいる緑色の服を着た東方三博士の一人)は12 – 13枚目、聖母マリアの夫ジョゼフは23枚目といった具合に、主要な人物の位置関係が明確に示されています。

 

新たな発見 ゴッサートの自画像か?

これはナショナル・ギャラリーの学芸員の方が話していたのですが、最近 ある職員が新たな事実を見つけたそうです。

聖母マリアの後ろにある、ごく小さな隙間に天使が描かれていることを発見したのです。そして、その天使はゴッサートの自画像ではないか?という説が有力なのだそうです。

目を凝らさないと見逃してしまいそうな場所に描かれており、天使はブロンドの巻き毛と上のほうに伸びる羽をもち、片手を胸にあてています。

この天使の胸のあたりに指紋が残っているそうで、胸という象徴的な場所に指紋を残していることから、それがゴッサートの指紋で、この絵を作成したのが自分であることを密かに主張しているのではないか?と考えられているそうです。

新しい発見なので未だ確証はありませんが、何百年も経ってから新しい発見が見つかるとは、なんとも興味深いですね。

 

ヤン・ゴッサートの『当方三博士の礼拝』は、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。入場無料なので、ロンドンにいらしたときは是非足を運んでみてください。


Jan Gossart: The Documentary Evidence

 

ナショナル・ギャラリー

Trafalgar Square, Charing Cross, London WC2N 5DN